こんにちは、いちすけです。
AxiomVergeのメモについて考察を進めていきましょう。
今回はメモ「アクシオム1」についてです。こちらは物語の根幹を示すメモに当たるため、非常に難解ですが、非常に重要なものになります。
メモ「アクシオム1」について
このメモは黒紫のメモのうちの一つで、デフォルトの状態で読める言語(英語)で書かれています。
書いたのはアテトスもしくはアテトスクローンのうちの誰かでしょう。
このメモは「Edin」エリアに存在します。
取得するとトレースの台詞が流れる数少ないメモのひとつです。
メモ「アクシオム1」の日本語版本文引用
(a)すべてのアルゴリズムは実行されるかどうかに関係なく普遍的かつ有効である。
メモ「アクシオム1」 – AxiomVerge
(b)認知するという行為は副次的なアルゴリズムであり、本来的なアルゴリズムの特性を知覚することがその習性である。
(c)認知的存在が生み出す任意のアルゴリズムは、認知的存在にとって現実として知覚される。
メモ「アクシオム1」に対する考察
正直このメモを十分に理解できるほど、私は頭がよくありませんが、頑張って考えてみましょう。
メモ「トレース」の項でも少し触れましたが、アクシオムつまりAxiomは「公理」と訳すことができます。AxiomVergeのストーリーの前提にある考え方なのかもしれません。
ちなみにVergeは「縁」とか「へり」とか「危機に瀕している」というような意味があります。公理と現実のルールの境目のことを意味しているのではないかなと考えています。
このメモを取得した後、トレースは自分がアテトスと呼ばれるようになった切っ掛けがこの理論であることを思い出します。このメモこそがアテトスの項で述べた、エセ科学であると非難された理論の一部のようです。一つ一つ見ていくことにしましょう。
「(a)すべてのアルゴリズムは実行されるかどうかに関係なく普遍的かつ有効である。」について
アルゴリズムとは「手順、方法」のことであり、普遍的とは「いつでも誰にでも当てはまるもの」という意味です。「すべてのアルゴリズムは」と記載されているので、この世全てを再現する、という処理としてのアルゴリズムを指していると考えることもできるでしょう。その場合、この意味するところは「この世の全ては手順化可能である」……は少々拡大解釈でしょうか。
「(b)認知するという行為は副次的なアルゴリズムであり、本来的なアルゴリズムの特性を知覚することがその習性である。」について
「認知すること」という行為は、あくまでも本来のこの世を再現する手順について理解することである…という理解になるでしょうか。
例えば何かのプラモデルの説明書があったとして、プラモデルを完成させること(説明書の記載)が本来の手順であり、「その説明書の記載を読んで理解しようとすること」自体を副次的な手順である…と言っているのでしょうか。なんかもう言ってて全然わからなくなってきましたが。
「(c)認知的存在が生み出す任意のアルゴリズムは、認知的存在にとって現実として知覚される。」について
このゲームのストーリーとの符合としては、一番分かりやすいように思えます。
認知的存在とは(b)を可能な存在、つまり事象や物体それ自体ではなく、もう一段上から物ごとを見ることができる存在。それが作り出した手順を認知するということは、それを事象として受け入れる=現実として受け入れる、ということである…と。難解ですが、ヴェルスカやパターンマインドを指していると解釈することができそうです。
すみません、このメモは解釈が難解すぎて、自分で考えながら書いていても正直良くわかりませんでした……。それなりに良い線を突いているとは思っているのですが。
それでは、今回はこの辺りで。
また来てくださいね。
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